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2008-09-08 16:05 |
キッチン
おいしそうな朝食のにおいと、とぎれがちに、やさしく聞こえる幸せそうなうた。
俺はそれがどうも好きになれない。
好物の乗った皿をぼんやりながめながらそんな事を思っていると、ふとそのうたがやんだ。
「食べないんですか?エドワードさん」
歌声の主に話しかけられて、急に現実に引き戻される。
「…毎朝毎朝お前はたのしそうだなぁ…」
少し皮肉っぽい言い方になってしまって、一瞬しまったと思ったけど、アルフォンスは気にとめる様子もなく機嫌良さそうに食卓についた。
「だって楽しいんだもの。…エドワードさんが来るまで、時々寂しかったから」
少しだけはにかんだような笑顔を見せて、自分でつくった朝食に手を付ける。
アルフォンスは今の研究室に参加する事になった時に、家族の元を離れて一人暮らしを始めた。
こいつの優しい性格からして、家族を置いて研究に没頭する決断をするまでには相当時間を要したんだろうと、容易に想像が付く。
寂しかったというのも紛れもない事実なんだろう。
普段は年上の俺よりもしっかりしているくせに、時折こんなふうに無防備な顔をするのだからたまったものじゃない。
そんな時決まって俺は、あたたかいような切ないような不思議な気持ちになる。
「…あぁ、そう…」
パンを口に詰め込んで、コーヒーで流し込む。そっけないなぁと口にしながらも、アルフォンスは幸せそうに微笑した。
そんな朝の風景を、俺は好きになれなかった。

アルフォンスが笑顔を見せるたびに、俺はなんだか不機嫌になった。
正確には、アルフォンスの笑顔につられて笑いそうになる自分が気に食わなかった。
ここは俺の居場所じゃないんだから、居心地がよくなるのは避けたかった。
向こうに帰りたい意思があるのなら、できる限りかかわるべきではないとおもっていた。
それなのにアルフォンスはそんな気持ちお構いなしに、俺に笑顔を見せてくれる。
毎日毎朝、かかさずにほほ笑むアルフォンスは、俺の決意を日に日に脆くさせている気がした。
「僕ってエドワードさんに嫌われてるんですか?」
いつもの笑顔で尋ねられる。
「だって僕が話しかけたらつまらなそうな顔をするから」
いたずらな笑みに少しだけ寂しさが含まれていることに、出来るなら気付きたくなかった。
自分がどうして笑顔のアルフォンスに優しく出来ないのか、その真意に気付きたくなかった。
笑うたびにぐらぐらして、頭の芯がぼぅっとあたたかくなる。
その頭や頬をなでてやりたいような衝動に駆られる。
俺はこの感情に気付きたくなかった。
「…好きになったって意味ないだろ」
出すまいとしていた言葉が不意に転がり落ちてしまって、俺は俺にびっくりした。
アルフォンスもまた、諦めていた返事が返って来た事に目を丸くしていた。
笑顔を見るたびに、俺はここにいていいんだと思う、ここにいたいと思う。
そんな事を思ってはいけないから、一瞬でもそう思った自分がひどく不誠実に見えた。
「僕は。」
そこまで言って、アルフォンスは少し目を臥せた。俺の目を見ないように、視線をさまよわせる。
「…あなたのしたいようにすればいい。…あなたにとって僕がただの夢の世界の駒にすぎないのなら、僕なんかにかまわず、あなたの世界へ帰ってしまえばいい!」
普段からは想像がつかないくらいに声を荒げて。揺れる肩を押さえながら、アルフォンスは息を整えようと唇をかたく結んだ。
俺は初めて見るアルフォンスと、拒絶とも取れる言葉に驚き、落胆した。
俺が彼を、この世界を受け入れようとしなかったのと同じように、彼もまた俺を拒否したのだと感じた。
アルフォンスは自室に戻ると荷物と上着を持って、慌てた様子で部屋を出ていった。
俺は平らげられなかった朝食を片付け、再びベッドに潜り込んだ。
もともと居たくて居たわけじゃなかったんだ、彼が言ったことは当たっている。
なのにどうしようもなく胸が痛いのだ。
世界に必要とされなかったことに?
彼に必要とされなかったことに?
いつの間にか俺はあいつに必要とされたがっていた、そうあるのが当たり前だとさえ思っていた。
それは裏をかえせば、俺がアルフォンスを必要としているということなんだと、今更になって気が付いた。
そう気が付いた時、自分の馬鹿さを呪った。
俺はあいつを傷つけていることに気付いても、自分の置かれた不幸な状況から、それらは許されるべきなんだと思っていた。思い込んでいた。思い込もうとしていた。
だけどアルフォンスが傷ついていたのはまぎれもない事実で、それが許されることではないのも事実だった。
俺は謝らなければいけない。
甘えて、傷つけてしまっていたことを、謝らなければいけない。
その事に気付くと、ベッドに潜り込んだ自分が酷く恥ずかしくなった。

窓の外がオレンジになって、藍色になって、空気がひんやりと感じられるようになっても、部屋には俺一人だった。
夕食時はとうにすぎてしまったのに、アルフォンスは未だ帰ってこない。
一人でいると、謝りたいという決意が揺らいでしまいそうになる。それを必死で押さえ付けながら、珍しく夕食の準備をした。
俺に作れるのは結局シチューくらいしかないのだけど、それでもいいから作らなくちゃいけない気がして、鍋をゆっくりとかき混ぜていた。
とろりとしたそれは温かい湯気とおいしそうな匂いで部屋を満たす。
鍋の中身がすっかり煮えた頃には、俺の中の嫌な感情もすべて飲み込んで、浄化して、温かくて優しい何かだけが残っていた。
毎朝食事の支度をしているアルフォンスも、こんな気持ちだったのだろうか。
誰かと食べるための食事を作るのは、目まいがするほど幸福なのかもしれない。
そうこうしているうちにとっぷりと夜が更けて、さすがに探しに行こうかと思った時に、玄関の外で物音がした。
くしゅん。
小さくひかえめなくしゃみ。
慌てて玄関の扉を開くと、口元に手をあてたまま目を丸くしているアルフォンスがいた。「おま、今まで何して…!」
問い掛けて、それでも帰ってきたという事実にひどく安心した。
「ほんとは帰りたくなかったんだけど…」
バツが悪そうにそう言ったかと思うと、はにかんだように笑った。
「朝ご飯がないとエドワードさん起きないと思って。」

ひどい衝撃に、何かが音をたてて崩れた。
アルフォンスの頼りなげな笑みがひどく愛しくて、抱き寄せた。
「…ごめん…」
「…エドワードさん?」
困惑したアルフォンスが、俺の肩をパタパタと叩いた。
「…とりあえず、話はシチューを食べてからだ。」
2007-03-06 03:50 | SHORTSTORY | Comment(0) | Trackback(0)
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